少子高齢化が進む中で、「一億総活躍社会」というものが謳われています。一億総活躍社会では、これまでの働き手の中心であった20歳~60歳の男性だけでなく、女性や60歳以上の高齢者も活躍できる社会を実現していくというものですが、現時点ではその実情は政府が自信を持って掲げるような公明正大なものではないようです。

2018年には警備会社に務めるとある68歳のシニア社員が過重労働によって亡くなっているのです。

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68歳で過労死

英語圏では、「Karoshi(過労死)」という単語があるということは有名な話だ。もちろん、労働によって命を落とすことは日本特有のものではないのだが、私達日本人は「長時間労働によって命を落とすこと」を簡単に捉えがちなのかもしれない…。まぁそれはいい。

2018年の2月頃、68歳の警備会社に務める男性社員が勤務中に急性心筋梗塞を発症し、その2ヶ月後に亡くなっています。この男性、実に過酷な労働環境にいたことが分かっています。
帰宅せず三日間の連続勤務があったり、休憩もわずかな時間しかとれなかったという。男性は人員を増やすように会社に要請しいていたが、これを会社が聞き入れることはなかったようです。

しかしそれでも高額な家賃の支払いをしたり、家族を養うために労働を続けることを選んだ男性はついに命を落としてしまった。会社が男性が出すアラートを無視してしまったことが問題であるが、それだけで片付けて良い問題でもないのではないでしょうか。

今回は日本の労働環境はどこに問題があるのかについて考えていきたいと思います。

日本の労働環境を取り巻く問題点

労働に対する意識の高さ

よく「働きすぎ」と言われる日本人はなぜ働きすぎるのでしょうか。――それは、日本全体で労働に対する美徳が根付いているからではないでしょうか。

例えば、自らの生活は二の次で会社のことを一番に考えるのが「あるべき社会人の姿だ」とか、長い時間働くやつは頑張り者だ。――こういったよく分からない雰囲気が無意識のうちに私達を過重労働に駆り立てるのではないでしょうか。

海外に行けば「私生活のための労働」という意識が強く、「もらっている時給以上の労働はしない」という意識が強いです。――例えば、時給1,000円なら1,000円程度の働きしかしないが、2,000円もらえるなら頑張るという意識ですね。これによって現場が回らなければ、それは店員の責任ではなく経営者の責任になります。すごく利にかなっています。

――しかし日本を見返して見れば、「時給1,000円でもお金をもらっているのだから精一杯働かなければならない」という意識が強いです。例えば、皆さんもコンビニの店員がガムを噛んでいると「ガム噛んで仕事するなんて、あなたどういう神経してるの!?」と店員を攻め立てることでしょう。――しかしこれが招くのは経営者の怠けです。ただ人を安い賃金で雇うだけで利益を得ることができるのですから、どんどん怠けていきます。すると確信的なビジネスモデルでなくても、「社員を安い賃金で酷使すれば競合に勝てる」という思考になってきます。これがさらに長時間労働を助長するのです。

この他にも日本人の労働に対する意識の高さは結果的に様々な部分に弊害をもたらすことになります。

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日本式経営の3本柱の崩壊

日本は高度成長期時代、「終身雇用」「年功序列」「労働組合」の3本の柱によって世界のトップを走り続けました。この経営手法は海外からも高い評価を得ており、現代においてもこれを真似る海外企業も多いと言います。

――しかし、1990年以降、この3本柱が崩壊していくことになります。まず、「終身雇用」。ある会社に入社すれば一生その会社と共にするというシステムです。これによって、会社の業績が悪ければ自分の生活も苦しくなり、会社の業績が良ければ自分の生活も豊かになる。相互依存の信頼関係というものが生まれていました。

ところが1990年台ある会社が大規模なリストラをしたことによってこの「終身雇用」という暗黙の了解が崩れていきます。「いつクビを切られるか分からない」という会社と労働者の探り合いが始まることになります。

また、これによって年功序列も崩れていくことになります。年功序列とは、年を経るごとに給与が上がっていくというシステムで、これによって労働者は容易に人生設計ができていました。例えば、「30歳にはこれくらいの給与がもらえるから、そろそろ結婚しても大丈夫だろう――。」というものですね。これが日本の社会保障と相まって、うまく回っていたのが高度経済成長時代だと言われています。

しかし不況のアオリを受け、これらが総崩れ、労働者を守るものは無くなってしまいます。この3本柱の代わりにできたのが、成果主義やフレックスタイムなどの欧米式の経営方式です。――しかし、「会社と人生を共にする」という都合の良い美徳だけが残ってしまい、これが労働者を苦しめることになります。

会社の命令にどのようなことがあっても従わなければ、クビを切られて生活がままならなくなるという雇用主有利の状況になってしまうのです。すると、労働者としても無理をしてでも会社の命令に従うしかありません。――しかも低い賃金で。

日本人のモラルの欠如

最後に、自らに過重労働を強いてしまっているのは自らだということを国民全員が意識しなければいけません。

例えば、皆さんはスーパーのレジで「お釣りは100円やな。はよ受け取ってや、お客さん並んどるねん。」と言われたらどう思うだろうか。――もしかしたら怒り狂って本社に問いただす人もいるかもしれない。しかし、その丁寧な接客に対するサービス料は支払いたくないと考えるだろう。むしろ、安く質の高いサービスを享受したいと考えるはずです。筆者もそうです。

しかし本来であれば、質の高いサービスを受けるためにはそれなりの料金を支払わなければいけません。それを無料で享受しようなんてあまりに身勝手なのです。しかしそんな身勝手が現実問題としてまかり通ってしまっています。これが当たり前になった日本社会では質の高いサービスを享受できる一方で、自らも質の高いサービスを少ない賃金で提供しなければならなくなっているのです。

――すると自然と生産性は下がっていきますから、企業としても人材を雇用する余裕がなくなり、どんどん労働者に負担を求めるようになります。これで、皆が皆の足を引っ張り合う構図の出来上がりです。美しい国、日本。

労働者たる私達は何ができるのか

――しかし、国がこういった労働を取り巻く環境を整備してくれるのを待っていても、全国民のモラル向上を待っていても私達一人ひとりが直面している問題は解決に繋がりません。

国は私達のために動いてくれませんし、経営者も皆さんのために会社の利益を削ろうなどとは考えてくれません。私達は時折、誰かが改善してくれるだろうとなにかに任せがちになってしまいますが、自分の環境を変えることができるのは自分だけなのです。

筆者自信も前職では時間外労働は毎月200時間を超えていました。しかも無給で無休でした。当時は誰かが助けてくれるだろうなどと考えていましたが、体がボロボロになった時にようやく誰も助けてくれないことに気づいたのです。

私達は、何かに依存することなく自分の生活や体は自分で守るということを改めて認識をする必要があるのかもしれません。

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