若いころは「子供の成長が生き甲斐」と感じていた方も、年齢を重ねていくと、これといった生き甲斐がない方が多くなっているようです。

同じ年代の仲間がいて、話し相手や相談相手がいるからと、病院通いが生き甲斐となっている高齢者が増えているのも事実なのです。

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延命治療とは

生き甲斐がない。そんな高齢者が延命治療を考えるのか?についてのイラスト
発達した医療であっても、治療のできない病気もあります。
そのときに行われるのが、延命治療です。


人工呼吸器を取り付けることや胃ろうをつくることもその一部です。

確かに生命を維持していくことはできますが、自分らしさをなくしてしまうこともあるのです。

自分の最期を考えるとき、延命治療を受けるのかどうかも考えることも大切なことになってきます。

「治療そのもの」が生き甲斐に

病気になってしまうと、健康を取り戻すために治療を受けます。
しかし、病気によっては、治療に限界があります。

ガンになってしまい、さまざまな治療を受けても、副作用などのためにそれ以上の治療が困難になってしまうことがあります。


病気になってしまうと、健康を取り戻すことばかり考えてしまいがちで、そのうち治療を受けること、その結果に一喜一憂してしまい、病院に行き、治療を受けることが自分自身の生き甲斐になってしまうのです。

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ありのままを受け入れること

確かに、いつまでも元気でいたいと誰もが思うことです。

しかし、ある程度年齢を重ねると病気になってしまうこともやむを得ないことです。

そのうえで、頑張って治療を受けても、副作用などで痛い思いや苦しい思いをすることもあります。

そうなると、家族の手を煩わすことにもなるかもしれません。

だったら、病気になったら、あとは自然に任せて、好きなものを食べて、好きなことをして、この世を去りたいと考える方もいるのです。

まとめ

人の命には限りがあります。

誰もがいつかはこの世から去る日が来てしまうのです。
その日まで、楽しみや生き甲斐を持つことができることが人生を全うするということなのではないかと思います。

そのためには、いつまでも生き甲斐を持つことは、とても大切なことです。

その生き甲斐が病院に通って、治療を受けることにすり替わってしまうのは、本末転倒のように感じます。

自分のやりたいことをしっかりと考えていけるような延命治療の受け方も考えていく必要があるのかもしれません。



2017年1月3日 17:00

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